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2021年2月11日木曜日

「梅野博之」を過去のはてなダイアリーの記事から検索

  1. 20071222:|-- 梅野博之_4月24日.txt
  2. 20071222:-rw-r--r-- 1 root root 14K 12月 22 23:56 梅野博之_4月24日.txt
  3. 20070326: 梅野博之は4月1日の夕方、安藤文さんが、「刺されるかもしれない」と言い残したと述べていますが、これはまず明らかな嘘だと思われます。しかしながら、この問題一つをとっても、その場にいなかった私には、その真偽について、明確に否定しうる事実も持ってはいないことになります。
  4. 20070326: 社会に出てから、浜口卓也には普通の同級生みたいに話しをしろとも言われていましたが、昔に近い言葉遣いなどしていたので、そのあたりが梅野博之には卑屈に見えたのかもしれませんが、上下関係については刷り込まれるような教育を生徒の間で受けていたのです。個人的に親しくなって、普通に話せと言われても、いまさら変節するような態度を取る気にはなれませんでした。
  5. 20070326: また、5~6人でスナックに飲みに行ったことになっていますが、安田敏がいるはずもなく、私自身、梅野博之が言うように浜口卓也らと一緒にスナックには行っていないのです。
  6. 20070326: 梅野博之の供述調書には、他にも明らかな嘘が含まれています。まず、片山津温泉での新年会のことですが、梅野博之が言うように、安田敏は出席していません。
  7. 20070326: そして、梅野博之の供述です。
  8. 20070326: 検察官から初めて具体的な指摘を得たこともあり、今回の告訴は梅野博之、池田宏美、安田繁克、多田敏明、松平日出男、浜口卓也、安田敏の7名に絞って行いたいと思います。
  9. 20070326: 梅野博之、池田宏美、安田敏、多田敏明、松平日出男の供述調書ですが、仕事から戻って炊飯器でご飯を炊いている時間でほぼ読み終えていました。つい「邯鄲一炊の夢」を思い出してしまいましたが、事実の全体からすれば、実に儚く乏しい内容です。
  10. 20070326: 21日の夜には、久しぶりに梅野博之、池田宏美、安田敏、多田敏明、松平日出男の供述調書を読みました。公開している個人サーバのホームページで読んだのですが、いくつか誤字も含まれているようでした。
  11. 20070326:(5)梅野博之
  12. 20070305: その弁当の件は、梅野博之も供述しており供述調書に記載してありますが、事実であったのかはまったく不明であり、浜口卓也自身も供述調書では、歯切れの悪い曖昧な言い方をしているという印象がありますし、恋愛観に関しては私自身の考えとまったく異なるものを実際に存在しない会話として供述しています。
  13. 20070305: その数日前の午前中、事務所において東渡が文さんの隣の梅野博之の机に座り、私に24日のクリスマスには、東京に行くように指示を出したのですが、その言葉を聞いた彼女が隣で大きくがっくりと首をうなだれるということがありました。
  14. 20070305: 私が市場急配センターで仕事をするようになった直後から、自ら私に対して接触を図ることがあり、梅野博之同様表面的には好意的でした。安藤文さんと交際していたことがあると初めて聞かされたのは平成4年1月21日の夜、浜口卓也がその口火を切りました。
  15. 20070305: もっとも梅野博之の場合、うまく乗せられて利用されたような側面もあるのかもしれません。私が福井刑務所を出た後の電話でも、いいたいことがあれば、自分より先に松平日出男に言え、のようなことを絶対的な正当性のように主張していました。
  16. 20070305: 安田敏の供述調書を読んで感じたことは、予想外にまともなことを話している、という印象でした。予想外におかしなことを話していて、正気をも疑ったのは梅野博之の方ですが、対照的に事件前の会社での人なりは、梅野博之の方がありふれて一般的なものでした。
  17. 20070305: 他に印象に残っているのは、平成3年12月13日の夕方、裏駐車場の彼女の軽四のとなりに自分の軽四を停め、彼女に声を掛けようと待っていたとき、梅野博之が横を通り過ぎて、事務所に向かって歩いていったときのことです。
  18. 20070305: 彼女が、指輪を見せたのは、その時が2回目で前回とは形状の異なるものでしたが、その前回というのは3月の5日頃のことで、梅野博之は安藤文さんに、「(給料を)間違って、彼氏のとこ振り込むな」などという意味深な言葉をわざとらしく投げかけていました。
  19. 20070305: 梅野博之が出た電話で印象に残っているのは、平成4年1月21日の夕方、2月4日の福岡県福岡市須崎埠頭からの電話、それと2月19日の愛媛県新居浜市あたりから掛けた電話でした。
  20. 20070305:梅野博之について
  21. 20070305: そのあたりの事情は、いわば集大成というかたちで、池田宏美、梅野博之、松平日出男、安田敏、安田繁克、浜口卓也、多田敏明らの金沢西警察署で作成された供述調書の内容に現れているところです。
  22. 20070305:(5)梅野博之
  23. 20070305:竹沢俊寿、本恒夫、松平日出男、安田敏、梅野博之、池田宏美、安田繁克、多田敏明、東渡好信等最低9名以上の者
  24. 20061022: 小康状態と書きましたが、それも比較上のことであり、活発な彼女の活動も控えめになっていたという程度です。そして3月の5日と19日に、彼女が会社で指輪を見せつけるようなことがあり、そこから当て擦りや逆恨みをされたような気分になり、23日の松平日出男を交えた会見や夜の電話に繋がり、ここでもう一度打ち解けたような良好な関係に戻ったのですが、土壇場になった4月1日の退社時、彼女の表情は急に険しくなっていました。疑う余地もなく池田宏美や梅野博之がよからぬことを吹き込んでいたのでしょう。実際、梅野博之本人も自白のような事実を供述しています。
  25. 20061008:梅野博之 四四歳
  26. 20061005: やたらと短く改行を繰り返しているようですが、刑事さんの作成した手書きの供述調書をそのまま反映したものです。この梅野博之の供述調書は、全体のなかでも一番長い方だと思います。
  27. 20061005:梅野博之
  28. 20061005:氏名 梅野博之
  29. 20061005:*1159976595*[参考資料]平成四年四月二四日梅野博之の供述調書
  30. 20061002: 平成4年、金沢西警察署において作成された松平日出男、梅野博之、池田宏美、浜口卓也、多田敏明、安田繁克、安田敏の各供述調書も、御庁において保管されている可能性が高いと考えますが、私の方でも写しを持っているので、必要があればご連絡願います。
  31. 20061002: 梅野博之も供述調書において、廣野の危険性をことさら強調しているが、その大半は誇張した虚偽である。これを事実として仮定しても、梅野博之本人は、十分な責任を果たしたと思い込んでいるらしい、これも際立った無責任体質、いかれた異常性の証左にほかならない。
  32. 20061002: 四月一日の夕方、話し合いをする直前に見せた、安藤文の強い警戒心も池田宏美、梅野博之らの不安をかきたてる吹聴が功を奏していたものと推認される。すなわち、安藤文も廣野に対して、異常で危険な人間であるという危機感を植えつけられていたことになる。
  33. 20061002: 安藤文と安田繁克の関係は、作り上げられた虚偽であった可能性が高く、合理性を欠いているが、梅野博之も同じく金沢西警察署で作成された自身の供述調書で具体的な関係の事実を述べている。そこにある「安藤文の手作り弁当」の話しは、まず浜口卓也の口から聞いたものだが、浜口卓也自身は供述調書において、そのことに触れていないばかりか、安藤文と安田繁克の関係自体、はっきり知らないような曖昧な説明をしている。
  34. 20061002: 被告訴人東渡好信は、多田敏明、安田敏、安田繁克らを手足の如く巧みに操り、廣野の反応や情報をかき集め、他方、池田宏美、梅野博之らも市場急配センター事務所内で、安藤文から情報を引き出し、臨機応変な効果的策謀を繰り出し、さらなる具体的指示を与えていたものと推認しうる。
  35. 20061002: その上で、臨んだ二一日の会見だったが、安藤文との関係はここでも大幅に悪化してしまった。被告訴人梅野博之や池田宏美らの不当な介入、妨害がここでも功を奏した可能性が高く、致命的なぐらいに二人の関係は悪化したが、そのあと、浜口卓也に招かれ、彼のアパートに行き、安藤文のことで相談に乗ってもらったが、「鬼のような女やな、お前あの女の顔見て、普通の女じゃないってわからんか、きっかんかおしとるやろぃ」などといわれ、ますます彼女に対する理解が困難になり、不信感も増大した。
  36. 20061002: 被告訴人竹沢俊寿俊寿は、金沢市場輸送株式会社、市場急配センター株式会社(金沢市駅西本町4丁目2番12号所在)両社の会長であり、両社の実質的経営者であったもの、被告訴人本恒夫は金沢市場輸送の社長、被告訴人松平日出男は市場急配センターの社長、被告訴人東渡好信、池田宏美、梅野博之は市場急配センターの事務員であったもの、被告訴人、安田繁克、多田敏明、浜口卓也、安田敏は市場急配センターの社員運転手であったものであり、被告訴人、大網健二、大網周一、加田義満は告訴人廣野秀樹の友人関係にあったものである。
  37. 20061002:(5)梅野博之
  38. 20061002:竹沢俊寿、本恒夫、松平日出男、安田敏、梅野博之、池田宏美、安田繁克、多田敏明、東渡好信等最低9名以上の者
  39. 20060917: 安田敏同様、前に何時掛けたのか思い出せませんが、あるいは一年以上経過しているかもしれません。前回梅野博之に電話をしたときは、登録された電話番号しか繋がらないとアナウンスが流れていました。
  40. 20060917: そのあと、梅野博之の自宅にも電話を掛けましたが、今回は人が出ました。留守できていると言い、声からも梅野博之の妻とは違っているように感じました。
  41. 20060812: 被告訴人の一人である安田敏や梅野博之とは2年ほど前まで、直接会ったり、電話で話をすることがありましたが、いまさら、と考え、終わった問題としか認識はないようです。
  42. 20060731: この日は確か金曜日でした。土日にいずれかに再審請求書を書き上げ、月曜日の午前中に金沢地検に行き、判決謄本を受け取って、それを添付して金沢地方裁判所に再審請求書を提出したのです。 地検ではこれと言って変わったことはありませんでしたが、係の人が初めに平成11年8月のAさんの事件の方の判決謄本を持ってきたのです。申請の書類には確かに平成4年8月3日に受けたAちゃんの事件の方の判決謄本を申請していたのだから、普通に考えて間違うわけなどないことです。 その再審請求、平成15年(た)第1号も半月ほど前に棄却の決定書が届きました。ホームページを公開したりして、あなたがたに意見を求めることは4月の初め頃に上申書で伝えていたことです。 再審の手続きというのは普通の裁判と違い、最高裁と同じく書面審理です。これには検察庁も関わり、意見を聞くことになっているはずです。請求人である私の元にも決まって「求意見書」という書類が届きます。 証拠がないとか、理由が明確ではないというのが棄却の理由ですが、新たな新証拠さえあれば、期間に限定されずいつでも再審の請求ができるのが法の制度です。また、再審請求は判決を受けた本人や親族だけでなく、検察官からも提起できるのです。 広く社会に是非を問い、その反応次第では検察庁の側から本格的な再捜査が行われ、再審請求がなされることも十分に考えられるばかりでなく、そもそも私に新証拠の提示を求めていること自体が、目的のための手段である仮の姿だという気がします。私としては。 あなたがたの行為が殺人未遂の評価に値するものであると、私は久しく主張してきましたし、その客観的事実に基づく判断は十分に合理的だと揺るぎない自信を有しています。 これは会社ぐるみの犯罪でもあり、会社に及ぶ影響も少なくはないはずです。十分に協議した上で、ご連絡下さいと言いたいところですが、私の方に送ってきてもらっても始末に困るので、金沢地方検察庁か報道機関の方にご意見をお寄せ頂ければ、幸いです。私に直接言いたいことがあれば、書面で一番下の住所に郵送して下さい。この部分はさすがに一般公開は致しません。ご要望があれば、あなたがたのご意見もホームページやメーリングリストで一般公開して差し上げます。 時刻は17時52分になりました。これから印刷に掛かり、印刷したこの文書を放送局に郵送します。7月7日の一般公開までにももっと具体的な内容の書面を作成し、あなたがたに郵送するかもしれません。 なお身の危険もありますし、電話には出ません。ご連絡、お問い合わせはhmail@hirono.dsn-tokyo.jp宛のメールにてお願いします。 なお、忘れていましたが、5月の初めに約9社ほどの放送局、新聞社にご連絡のメールを送信しており、一部から返信もいただいております。 また、検察庁に対する暴言に近い言葉もその一番の理由は、梅野博之さんの挑発的な態度によるところが大きいです。あなたがたのお決まりの共通したやり方、態度ですね。 もう通用しないと思いますよ。梅野さんにも書面を郵送してあります。もっと具体的な内容のものです。もうご覧になられているでしょうか。 私はあなたに無期懲役を請求しており、それに値する理由も書面に克明に記して来ました。今後のあなたがたの態度を参考に、もっと練り上げたかたちで、社会の方々に訴えかけて参る所存です。どれほど危険で有害であるかと言うことを。 このような運びすることができたのもいくつかの幸運が重なったための、いわば偶然かもしれません。つまりあなたがたはそれだけの具体的危険を発生させたのです。 反省心のかけらもなく。まさに想像を絶する非人間性であり、社会と人間性に向けた挑戦といわねばなりません。あなたの口癖の、私に対する社会的制裁も本来あなたがたに加えられるべきものです。
  43. 20060726: 担当不在の空白期間は半年ほど続いていたかもしれません。その間の穴を埋めていたというか、間に合わせで臨時の責任者のような事をやっていたのが、梅野博之でした。
  44. 20060726: 梅野博之も同じ頃だったかもしれないのですが、もう少し早かったかもしれません。
  45. 20051224:竹沢俊寿、本恒夫、松平日出男、安田敏、梅野博之、池田宏美、安田繁克、多田敏明、東渡好信等最低9名以上の者

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