ああ33

ああ33

info

告発状作成中

2021年3月19日金曜日

「斐川雅文弁護士」を過去のはてなダイアリーの記事から検索

  1. 20111118:[link] *1321607784*[再審請求の資料]平成5年12月24日付上告趣意書(上告審私選弁護人斐川雅文弁護士作成)(写真 7 枚) - 廣野秀樹 - Picasa ウェブ アルバム
  2. 20111118:[link] [再審請求の資料]平成5年12月24日付上告趣意書(上告審私選弁護人斐川雅文弁護士作成)(写真 7 枚) - 廣野秀樹 - Picasa ウェブ アルバム
  3. 20081227:[link] *1230357029*[写真資料]斐川雅文弁護士作成上告趣意書(途中経過)1枚目
  4. 20081227:[link] *1230357124*[写真資料]斐川雅文弁護士作成上告趣意書(途中経過)2枚目
  5. 20070630:[link]  斐川雅文弁護士から郵送された書面は、多分すべてが縮小版になっていました。そのお陰もありまして、別に郵送された資料とは区別もつきやすくなっています。別に郵送された資料というのは、福井刑務所で、ちょうど1年後ぐらいになりそうですが、平成6年の11月頃に、母親を通じて木梨松嗣弁護士から届けられた事件の一件記録と、民事訴訟の相手方となった長谷川紘之弁護士から確か金沢地方裁判所民事部を経て送られた資料でした。
  6. 20070617:[link]  この供述調書の縮小版は、最高裁での上告審に入ってから、国選弁護人になった東京の斐川雅文弁護士から拘置所に郵送されたものでした。郵送や差し入れのあった物品はいったん領置され、居房内の手元に置くには、さらに仮下げという手続きが必要でしたが、仮下げの願箋を出してからだいたい翌日には手元に来ていたように思います。閲読の許可期間が平成5年の12月8日になっているので、この日に初めて読んだはずですが、他の供述調書もまとめて、一度に入ってきたかと思います。
  7. 20060819:[link]  このように作成した時期、状況にも特徴があり、専門的に「特信状況」という性格が強いかと思います。さらに、私はこれを作り上げて、郵送し、一段落ついたところで、最高裁での上告審が始まって、始まってまもなく上告審の国選弁護人に選任された斐川雅文弁護士から、事件関係者の供述調書などを郵送され、初めて目を通すことが出来たのです。
  8. 20060813:[link]  やらないことには先にも進めないので、気力を奮い起こして作業を進めたいところです。先程、平成5年の12月頃に斐川雅文弁護士から郵送された資料を少し見ていました。全部ではないかもしれないのですが、まとめてデジカメで写真を写しましたので、掲載しておこうと思います。
  9. 20051218:[link]  そして、上告審の国選弁護人が決められ、その斐川雅文弁護士から先の供述調書の縮小版コピーが郵送されてきたのです。
  10. 20051212:[link]  斐川雅文弁護士から郵送されたものは、皆縮小版でした。平成5年12月頃のことです。
  11. 20051212:[link]  関係者の供述調書を見ることが出来たのも、事実審が終わったあとの上告審で、国選弁護人となった斐川雅文弁護士が送ってきたからで、控訴審の私選弁護人木梨松嗣弁護士は、どれだけ頼んでも相手にしてくれませんでした。
  12. 19931224:[link] 裁判資料 /平成5年 /斐川雅文弁護士作成_上告趣意書_平成5年12月24日付 | 再審請求_金沢地方裁判所御中
  13. 19931224:[link] *1314113288*[過去の資料]斐川雅文弁護士作成_上告趣意書_平成5年12月24日付

0 件のコメント:

コメントを投稿

H3DB_search_”山口民雄”_(該当件数:53/データベース登録数:669,647) _2024-03-14_102704の記録

SELECT * FROM tw_hirono WHERE tweet REGEXP '山口民雄' ORDER BY date ASC; @hirono_hidekiの該当件数: 15 @kk_hironoの該当件数: 36 @s_hironoの該当件数...